時よ・早く去れ
雑然とした音響の中で
弱い人々の心を
鉄の輪で引き緊めるやうな
硬い、遁れることの不可能な
人々の群れたざわめきと
合唱とを今日もきいた、
朝もなく、日没もなく、
時もなく、処もなく、
そして年齢もなく、子供達もなく、財産もなく、
どよめき高鳴る声は
鋼鉄の箱からひきだされた白い蒸気の帯
無反省な者達が
一人の人間を囲んで列をつくり
愛情のあるものは
人々の眼立たぬところでそつと見送つてゐる
古い幻影は我々のところから去つてゆく
濃厚な猟と火山の新しい幻影が
新しい世紀の実在として
いま出発するものを待つてゐる
子供達や、妻や、両親が
馳けだしても到底追ひつくこともできない遠いところに
親指ほどの鉄の管が
ヒューヒューと口笛をふき十文字に走りまはる
悪魔も窒息するほどの
動揺する空気の中で生活するために
男達は続々と出かけてゆく
地面の中に智恵は埋没され
理性は空にむかつて射ち出され
すべての樹は葉を閉ぢて毒を避け
家畜は野の一隅に身を避けてゐる
都市の建物の壁はもたれる者の
重い体を支へることができない
河水は水の色を変へ
一切の自然は人間の競技場として
適当な掩護物を除くほか
見透しの利くやうにしてしまつた
そこで何が行はれ
如何に楽しい食事が始まつたか
ナイフを加へると新しい血を滲ませるほど
高給なコックに依つて巧みな調理で
豊富な肉は処理されてゐる
そこには食卓の上に争ひもなく
平和以上の静けさで骨肉の軋轢もなく
食ふものと、喰はれるものとの
計画された配分通りに行はれる
ただ次ぎ次ぎと血と肉とナイフとは
運ばれてくる
魂をとろかす快感を求め
倦まず撓まず饗宴に向ふ列
招待者の発する招待状には
鋭利な石器を打ちちがへたマークが刷られて
その招待を拒むものは鈍器をもつて
撃たれるさうした悲しい運命をもつてゐる
時よ、早く去れ
時よ、前へ
ただ私はそれのみ夢の中に描く
すぎさつた時間は、呪ふ値打はあるが
すでにそれもない
後の時ではなく、前の時が
叫喚もなく、苦悩の声と、絶望の歌とを
美しい娘のやうな手をもつて拭ひ去るだらう
腐爛した土地を新しい時は
新しく抱きかゝへるだらう
本能的な醜い饗宴に向ふ列の
通り去つた後に
新しい母親は地球を抱くだらう
雌鶏が蛇を孵すためにではなく
平和を孵すために
たゞ信ぜよ、新しい時を
後の時ではなく
前の時を――
請先 登入 以發表留言。